〜アジアの風にのって 素朴なぬくもり おとどけします〜

2015年9月29日火曜日

スーパームーン

丑三つ時にアプリからママ@ガネーシャです。
今晩はスーパームーン。
見たみた?
とっても明るい満月だね。

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夕方、暗くなる前に家を出て実家へ行く。
たいした用事はないけれど安否確認やね。
父ちゃんはいちおうリビング?で電気も点けず暗い部屋でテレビを見てる。
母ちゃんは台所でテレビを見てる。
おいおい、老夫婦…f^_^;)
一緒の部屋に居ればいいものをね。
「そろそろ月も出てきたんじゃない?」と月見に誘う。
先に外へ出た母ちゃんが「お父さんも来てきて!」と催促する。
「ほら、スーパームーンやで。明るいやろ?」とわたしが言う。
「明るいね〜昨日より明るいね。ね、お父さん」と言う母ちゃん。
しばし三人で月を見る。
わたしは両親と一緒に月を見たのは初めてだと思う。
そして、もしかしたらこれが最後かもしれんとも思う。
なかなか都合よくは会えないからね、月にも両親にも。
実家でわたしはいつも母ちゃんに軽く怒られる。
なんでか知らんが、わたしにとってはどうでもいい事が、母ちゃんにはどうでも良くないんだろうね。
なんだかんだ言うてるのは元気な証拠やと思い、茶化しながら受け流す。
父ちゃんは話し下手だけど、毎回孫の事を聞いてくるから、毎回おもしろおかしく報告するとうれしそうだ。

「また来るからなんかあったら電話するだよ〜」と念を押して帰宅したら、仕事帰りの1号が寄ってた。
3号の帰りを待って四人で晩ごはんを食べる。
今晩はカオマンガイ。
洗い物の前に外へ出てちょっと四人で月見る。
「ちょい寒いわ〜」と3号と旦那は早々に家の中へ入ってしまった。
残った1号と二人で月見る。
「一緒に見るのは、これが最後かもしれんねぇ…」というわたしに、「なんでやねん…」と言う1号。
いい月見が出来たな、今夜は。


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以上はfbに投稿したのをコピペ。

1号は来月嫁ぐ。
同じ姓で見る満月は最後だね。
まだ彼女が小さくて刈谷のマンションに住んでいた頃、よく抱っこして夕暮れを見ていたことを思い出した。
ずーっと同じ景色を見て過ごしていた頃が懐かしい。
今も別々に暮らしているし、別々とはいえこれからも同じ市内に住んでいくだろう。
でも、やっぱりちょっと寂しいね。
子どもはいつまでも小さくない。
4人いるけど、今一緒に住んでるのは3号だけになっちゃったよ。
昔は、ほんとになんだかいつも気ぜわしかった気がする。
ついこの間まで、そうだった気がする。
あの濃ゆい毎日が「・・・気がする」で片付いちゃうんだから、人の記憶と時間の流れってホントに上手く帳尻合わせになってるんだなぁって、最近つくづく感じるわ。
自分が両親にとっては子どもである事も、最近「そうだわ〜」と思い出す。
都合よく出来てるもんだね、記憶って。

今生、縁のある人は、前世でもなんらかのエニシがあったという考え方がある。
ちょっとスピリチュアルっていうか、密教の輪廻転生説にも似たようなエッセンスがある。
嘘か真かは、今生、わたしはまだ死んでないし来世になってみんとわからない。
特殊能力は無いから前世の記憶はまるで無い。
まるで無いくせにデジャブることはよくある。
場所や行為のデジャブりっぷりも、ここ最近甚だしい。
記憶の変換の誤作動だと思うけど、誤作動も同じ瞬間で重なると「もしかしたら前世の因縁?」と勘違いしそうになるね。
月の光は神秘的で「そうです。それはエニシです。」とメッセージを送信してるかのようにも見える。
あやしいだろ…f^_^;)
スーパードライな天邪鬼でも、何かの誰かの存在価値でありたいと願う気持ちはある。
それが記憶のワープを起こすのかもしれんね。
そんな気がする。
ほいじゃ寝ます☆いい夢みましょ。
おやすみなさい。