〜アジアの風にのって 素朴なぬくもり おとどけします〜

2015年12月15日火曜日

ラオスモン刺繍から見えるもの。

こんにちは。ガネーシャ店長です。
今日もなんだか暖かく、10月下旬から11月初旬の気温だとか。。。
雨は夜から降るみたい。
雨のあとは冷え込むようだよ〜
まだスタッドレスタイヤに変えてないけど、愛知県も毎年クリスマス〜年末頃は小雪舞う日があるのでそろそろ考えんといけまへんね。
さてと、今週もはじまるよ〜^^;

今日はあれこれ整理して少数民族布系をどこにしまおうかと思案してました。
古い民族衣装や古布の端布やらは、まだ自宅に保管してあるのです。
小さい店だからテーマ決めてひとり企画展っぽく期間限定で飾るのもよいんでないかい?などと構想はあるんです。
ま、やるかやらんか、出来るか出来んか、そこがポイント...(汗)
店内のことだからワシの頑張り次第ってことですわね...(汗)
頑張るってことが最も苦手な体質でアレルギーが出るんですぅ〜(/_;)
でも、しまっておいても仕方ないので策を練らねばの。。。
などと心の中で独り会議を繰り広げながら、「あ、そういえば!」と思い出した。
この前、かわいい〜♡の買うたんです。
そうそう、これこれ〜
※画像はクリックすると大きく見えます。


モン族の村の様子/ラオスモン刺繍

見ごたえたっぷりの刺繍布は、90cm☓60cmの机の上に広げています。
ひと針ひと針、ちくちくチクチク、仕上がるまでに2〜3ヶ月ほどかかるそうです。
イキイキと農作業をしているひとコマひとコマに、モン族の村の様子が偲ばれます。
古いものではないです。
新しい刺繍です。
しかもラオスの黒モン族独特の刺し画刺繍をチェンマイ近郊の青モン族が刺繍しまた。
何のために?
ラオスモン刺繍は最近ちょっと人気があるからかもしれません。
民族衣装の為に刺繍をすることが少なくなってきたので、刺し画は刺繍の訓練にもなるのかもしれません。
訓練といっても若い娘は針仕事から離れた暮らしをしているので、彼女らのお母さん世代の刺繍です。
腕が衰えんようにせんとね…(^^;;
ずいぶん前にラオスで出会ったオリジナルはもっとみっちりと糸を刺していましたが、いまどきはラオスでもざっくりしたモノが出回っているようです。
オールドはきっと家のどこかにあるはず・・・探さねば。。。^^;

そういえば、昨年、浅草のギャラリーでラオスの織物を通じて女性支援をしている「ラオスのこども」のチャンタソン先生のお話会と、名古屋のギャラリー月日荘の谷由起子さんのラオスの手仕事展に行きました。
手仕事展ではレンテン族の刺繍やラオスシルクの反物に胸おどりまくり、レンテン族のチクチク刺し子の小さな豆敷を数枚買いました。
チャンタソン先生のお話会では、ラオスモン刺繍の豆巾着を買いました。
目薬入れに使うとります。
こちらのラオスモン刺繍は、ほんとにラオスのものです。
黒モン族の若い子が刺繍の訓練の為に針を刺したものです。
チェンマイのモン族よりちょっとみっちりしていますね。^^;

でもね、そう、でもでもね、ラオスでもチェンマイでも、新しくても古くても、刺繍するのはとてもとても手間と時間がかかるんです。



飼っているニワトリや豚、
稲刈りや脱穀、水くみや馬に荷を運ばせる様子、
トウモロコシ、トウガラシ、野菜の収穫、
麻を刈っている様子、
男も女も民族衣装で仕事にはげむ、
黒モン族の村の日常。
きっとチェンマイ近郊のモン族の村も同じような日常だったと思います。
遠い記憶になる前に刺繍して残しておいてね。


よく聞かれることがある。

ータイに行くと、みんなこんなふうに暮らしてるんでしょ?

・・・冗談はよしこさんですよ。(-_-;)
バンコクはワシの住んどる西三河より、いや名古屋より、ずーーーーっとずっと都会でっせ。
ほとんどのタイの人はカジュアルなお洋服でワシらと変わらんですよ。

ーじゃあ、少数民族の人だけがこういう暮らしなの?

・・・それも冗談はよしこさんですよ。(-_-;)
イマドキは少数民族の方でもスマホ持ってたりするんですよ。
都会ほど便利ではないですが、昔よりずっと便利なモノを手に入れることができるようにはなりました。
民族衣装を着るのも、お祭りや新年に晴れ着を着る感覚と似ています。

ーじゃあ、タイに行けばどこでも少数民族の人が住んでるの?

・・・もう冗談はよしおくんですよ。(-_-;)
少数民族という言い方もすいぶん定着しました。
民族的な感じをエスニック(ethnic)といいますね。
民族の手工芸品などはトライバルアート(tribal art)といわれることが多いですね。
トライバル(tribal)は、民族をもっとせまくして種族や部族を意味します。
タイにいる少数民族の方たちは「山岳少数民族」と表記する方が近いかもしれません。
山の人(hilltribe people)と呼ばれてきました。
だからどこにでも少数民族の村があるわけじゃないんですよ。

便利になった今でも、昔ながらの暮らしを大切に残していくイサーン地方の村。
片や、昔の暮らしを手放していく少数民族の村。
すべてを捨ててタイ人の暮らしに憧れる若い世代もいれば、民族のアイデンティティーは失くさないように見つめなおす若い世代も現れている。
ワシは残してほしいと願うけど、そう願うワシらは、彼らにとっては当事者じゃない外人で外野でしかない。
外野の意見要望希望は、彼らにとっては都合のいい勝手なエゴにしか映らなかったと思う。
でも、今、彼らの中から「残したい」「伝えていきたい」欲求も現れているように感じる。
自分たちの暮らしやアイデンティティーが素晴らしいものだと感じているからだと思う。
それは外野の為に残したいのでも伝えたいのでもなく、自分たちの子や孫へ次の世代へ残しておきたいものなんだと思う。
イサーンで出会った人たちは老いも若きもみんな知っていた。
知らなかった少数民族の若い世代は気づきはじめたんだと思う。
素朴な暮らしは心豊かな暮らしでもあることを。
それは何ものにも代えがたい大切なものだということを。

素朴な暮らしの中から生まれる素朴なぬくもりは とてもとても愛しい。
とワシは思うよ。
めっちゃ思うよ。

もっと聞きたいわ〜
もっと知りたいわ〜
ちょっと興味あるわ〜
と思われたら、どうぞ@ganesha.へお越しやす。(^^ゞ

ではでは、また明日。
ごきげんよう。